【前厄で脳梗塞になった日】点滴を見ながら誓ったこと|副業を始めた本当の理由|仁の書

仁の書

タバコを吸った瞬間、フラフラした。

「おかしい」と思った。

2時間後、立てなくなった。

救急車を呼んだ。

右側の椎骨動脈乖離が原因で、

脳梗塞になっていた。

前厄だった。

この記事では、朕の実体験から3つを話す。

【三徳の提示】

【智】病気・お金・保険。知らないと詰む現実
【仁】動けなかった朕の本音と、動いた理由
【勇】追い詰められて気づいた、たった一つの答え

派手さはない。

バズりもしないかもしれない。

だが、ちゃんと効くやつだけ置いていく。

今日やること、一つだけ。

【三徳の軍略】

収入保証保険に入っているか、今すぐ確認しろ。

副業より先にやることがある。

守りを固めてから、攻めろ。

■事実だけ並べる。朕の話をする。

2週間、点滴生活だった。
1ヶ月以上、車椅子生活だった。
3ヶ月のリハビリ生活で退院した。

その間、収入は止まっていた。

保険の収入保証、入っていなかった。
傷病手当、手続きできなかった。
お金が入ったのは退院から1ヶ月後だった。

その間、嫁だけの収入だった。

子供は5人。

嫁一人で、子供5人ワンオペ生活。

申し訳なかった。

悔しかった。

それよりも1番、

家族に会いたかった。

それしかなかった。

■病室で一番きつかったこと。

体じゃない。

家族に会えないことだった。

声が聞きたかった。

脳外科ということもあり、コロナからのなごりで、

面会できなかった。

2ヶ月過ぎた頃から

毎晩、LINE電話をした。

画面越しに子供の顔を見ながら

何も言えなかった夜がある。

「早く会いたい」

それだけを考えていた。

これが現実だった。

■知らないと詰む。お金の現実。

この記事を自分の病気からの、

家族愛という感動日記にするつもりで書いているわけではない。

ここからは、病気になって初めて知ったお金の現実を話す。

①収入保証保険に入っていなかった。
→給料が止まった瞬間、収入がゼロになる。

②傷病手当の手続きができなかった。
→入院中は動けない。手続きは自分でやるしかない。

結果、傷病手当のお金が入ったのは退院から1ヶ月後だった。

その間、嫁の給料だけでは生活できていなかった。

結局生命保険の入院保証と、

傷病手当のお金が入ったが、

給料と比べれば少なかった。

コロナで削った貯金を、また削った。

収入の柱が1本の人間が倒れると、こうなる。

面白いことに、これが前厄の出来事だった。

笑えない。本当に笑えない。

■退院しても、動けなかった。

「副業を始めよう」

そう思った。

でも動けなかった。

体調のせいにした。

「もう少し回復してから」と言い訳した。

デイトレで200万溶かした記憶もあった。

信用取引でレバレッジをかけた。

含み損に耐えられなくなって投げた。

大きくロスカットした後は、

精神的に崩れて、一瞬で退場した。

またあの失敗をするのが怖かった。

結局、動けなかった。

自分の意志では、動けなかった。

■追い詰められて、初めて動けた。

退院後、会社から通告が来た。

「転勤か、退職か」

地元を離れるか。

収入を失うか。

どちらも地獄だった。

その瞬間、初めて動けた。

自分の意志じゃない。

追い詰められて、動いた。

情けない話だ。

でもそれが現実だった。

退職金50ヶ月分。

この瞬間に気づいた。

時間は買える。

副業で収入を作れれば、会社に縛られない。

脱サラに億はいらない。

今の給料を超えればいい。

それだけだ。

【結び】

正直に言う。

病院のベッドで泣いた夜がある。

子供の声を聞きながら

「情けない」と思った夜がある。

退院しても動けなかった。

追い詰められるまで動けなかった。

それが現実だ。

でも今日、這いずっている。

昨日より確実に前にいる。

前厄で脳梗塞になった。
収入が止まった。
生活できなかった。
追い詰められて動いた。

全部、現実だ。

だから朕は、逃げない。

あなたは収入の柱が何本あるか?

その柱が折れた時、家族はどうなる?

朕みたいに追い詰められる前に、

今日1ミリだけ、動け。

逃げるな。

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