
通帳を見た瞬間、手が震えた。
300万円が、消えていた
2年間気づかないうちに、全部なくなっていた。
■収入の柱が1本だった
金も余裕もない。
子供は5人。
それでも生活は続く。
「まだ大丈夫」
そう思いながら、何年も先延ばしにしてきた。
だが、問題は金が減ったことじゃない。
収入の柱が1本しかなかったことだ。

この記事では、朕の実体験から3つを話す。
【智】収入の柱が1本しかない人間に起きること
【仁】何年も逃げ続けた朕の本音を全部晒す
【勇】追い詰められて気づいた、たった一つの答え
派手さはない。
バズりもしないかもしれない。
だが、ちゃんと効くやつだけ置いていく。
今日やること、一つだけ。
収入の柱が何本あるか、今すぐ数えろ。
1本なら、今日から動け!
それだけだ。
■貯金300万が消えた理由
2020年。コロナ。
妻は介護士。
家族に感染者が出るたび、仕事を休む必要があった。
収入が減った。
でも生活費は変わらない。
子供は5人いる。
食費も光熱費も学校の費用も、何一つ減らない。
足りない分は、貯金で埋めた。
正直に言う。 朕は家計管理をしていなかった。
毎月いくら使っているか。
毎月いくら足りないか。
何も把握していなかった。
1ヶ月、また1ヶ月。 気づけば2年が経っていた。
通帳の残高を見て初めて現実がわかった。
300万円が消えていた。
「笑えない話だ」
■それでも動かなかった
それでも朕は動かなかった。
「いつかやる」
「慌てても仕方ない」
そう思いながら、副業から逃げ続けた。
怖かった。 現実を見るのが怖かった。
収入の柱は会社の給料1本だけ。
その事実から目を背け続けた。
■脳梗塞で気づいた現実
その“いつか”は、突然来た。
タバコを吸った瞬間、フラフラした。
「おかしい」と思った。
2時間後、立てなくなった。
救急車を呼んだ。
右側の椎骨動脈乖離からの脳梗塞だった。
前厄の年だった。
そのまま3ヶ月入院した。
歩けないかもしれない。覚悟した。
本当に、覚悟した。
入院中、ずっと同じことを考えていた。
子供たちの顔が浮かんだ。
入院した時、上の子は16歳。下は4歳だった。
5人の子供を残して、もし朕が動けなくなったら。
収入の柱が1本。その柱が折れた。
「終わりだ」と思った。
幸い、今は普通に歩けている
命があったことに感謝した。
それだけで十分だと思った。
でもあの3ヶ月は、朕の人生を変えた
■会社からの通告
退院後、会社から話があった。
「転勤か?退職か?」
猶予は2年ある。今は転勤の方向で話が進んでいる。
地元を離れるか。収入を失うか。
どちらも簡単な話じゃなかった。
朕には地元に両親がいる。
転勤になれば最初は単身赴任だ。
5人の子供と妻を残して、一人で知らない土地へ行く。
それが嫌だ!家族と離れたくなかった。
■時間は買えると気づいた
だからこそ気づいた。
副業で収入を作れれば、会社に縛られない。
脱サラに、億はいらない。
今の給料を超えればいい。 それだけだ。
■副業を始めた。全部うまくいかなかった。
最初はブログを始めた。
読まれなかった。
次にnoteを始めた。
読まれなかった。
「どうすれば読まれるのか?」を調べていたら 、
Xで集客するという方法を知った。
Xを本気でやっていると、収益化という仕組みを知った。
呟いたらお金になる。
簡単そうだと思った。 本気でやった。
1ヶ月で収益化を達成した。 でも収益は0円だった。
それが朕の現実だ。
■朕の決断

300万が消えた。
脳梗塞になった。
会社に転勤を告げられた。
副業収益は0円だ。
全部、現実だ。
朕がやることは3つ
・副業で給料を超える
・退職金を受け取り、会社を辞める
・地元で家族と生きる
■結び

綺麗な成功談は語らぬ。
泥にまみれた現実だけを記す。
この記録は、ただのブログではない。
戦の記録である
共に這い上がる者のみ、ここに残れ

